天才芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ

モナリザを描いた作家レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)。彼は15歳で見習いになり画家の道を歩き始めた。彼がどのよう英才だったのか。当時、彼の師匠は、弟子が自分よりも上手に描くという事実に衝撃を受け、その日以来、絵を描かずに彫刻に専念したという話もある。

その後、30歳で彼はミラノで画家の傍ら軍事技術者や建築家としても働き、17年間留まった。当時ミラノでサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の食堂の壁に「最後の晩餐」を描いた。これは、イエス・キリストが十字架で死ぬ前日に、十二弟子と一緒に夕食を交わした(マタイ26:20、マル14:17、ルカ22:14)非常に見慣れたテーマを空前絶後の方法で表現した作品である。従来の伝統的な方法を超えるレオナルド・ダ・ヴィンチの創造性、そして正確な形式美と優れた方式など、この作品はルネサンス全盛期の中で最も優れた成果として評価されている。

イタリアがフランスに陥落後フィレンツェを離れモナリザを描き始めた。これはザノービ・デル・ジョコンド(Zanobi del Giocondo)の美しい妻を描いた肖像画で、眉毛がないことでも有名である。当時は広い額が美人の典型とされ、女性の間で眉毛を抜くことが流行したという説、未完成作という説、元の眉毛が描かれたが、復元の過程で削除されたという説などがある。しかし、この肖像画は、4年かけても未完成のままに終わった。

また、彼の仕事は、画家だけでなく、絵画、建築、哲学、詩、作曲、彫刻、物理学、数学、解剖学などさまざま。中でも土木では水門を作成し、膨大な領地を灌漑するための新しい方法を開発したりした。

彼は科学にも優れた才能を見せた。メッセージを紙スケッチに残し、鏡に映して見ると解読できるように、左右を変えて書くこともなども考えた。メッセージを紙に残した絵の中には、今日のパラシュート、飛行機、電車、潜水艦、蒸気機関、湿度計に当たるものを見ることができる。その中には、当時の技術でも作ることができるものだったが、残念ながら、実際に作られたものはほとんどなかった。